エゴ、心理的集合の総体
苦しみや痛みの本当の原因は自分自身の中、自分の心の中に存在するのだということがわかれば、私たち自身でそれをどうにかすることができることは火を見るよりも明らかです。理性のある哺乳動物、誤って人と呼ばれていますが、これは確固とした人格を本当には持っていません。人間の形をしたものの中にあるこの心理的統一性の欠如が、これだけ多くの困難と不幸の原因となっています。内的心理状態に関して言えば、人間の形をしたものは心理的複合体であり、精神分裂症的であり、狂人なのです。なぜ私たちが苦境と破壊を世界にもたらしているのか、これで説明がつくでしょう。
東方チベットでは、「私」は肯定的な意味においても否定的な意味においても「精神的集合」と呼ばれます。それぞれの「私」が違う人間であるとすれば、それを強調してこう言うこともできるでしょう:「この世界に生きる人々の中には、たくさんの人が存在している」と。複数の「私」の教義は、東方チベットでは本物の予言者によって教えられ、正式に啓蒙されていました。
各人の心理的欠陥は、ひとつの「私」として表現されます。読者でこの複数の「私」という教義をまだ理解できない方がいるとすれば、それは単に自己観察が足りないことによるものです。内的自己観察と瞑想を行なえば、自分の人格の中にたくさんの人間、たくさんの「私」が存在していることに気づくでしょう。目覚めているもしくは自覚している人ならば、これが正しいことをすぐに自分で確認できるはずです・・・。
私たちが持っている唯一高貴なものの中に、希望も含まれています。それは本質、もしくは仏の根源と呼べるものです。人間の魂のわずかな輝きと言えるかもしれません。不幸にもそれは革命的な心理である複数の「私」に封じ込められてしまっています。この封じ込めによって常に本質が加工されてしまうことは嘆かわしいことです。そのために、本質もしくは意識は深く眠ってしまっているのです。
自分の意識を目覚めさせたいと思うなら、誰でもまずは「エゴ」「自分」からなる望ましくない要素を内心から取り除かなくてはなりません。そこに本質が閉じ込められているからです。
その本質の中にこそ、私たちは本当の宗教、「仏陀」であれ「キリスト」であれ、天国に存在する父なる神の光を見出し、心の奥にある存在への自己実現に必要なすべての知識を見つけ出すことができるのです。
解き放たれた本質は、私たちに本来の美しさをもたらし、そういった美しさから完全なる幸福や本物の愛が生まれてきます。この本質というのは、あらゆる意味で完成の域に達しているものであり、並々ならぬ自然の力を持っているのです。